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和具真珠漁協 山本誠さん

聞き手/編者:元三重大学水産学部教授 内藤一郎氏

平成4年だったと思うが、今迄順調に行っていた真珠養殖が、急にバタッと落ち込んでしまった。加えて貝の異常へい死が増えてきて、漁場的な制約が加わったので、いっぺんに参った。他県産の母貝を使っていたことも一因があると思う。それで県内産の母貝生産の必要性を意識し出した。

編者:それは、三重県産母貝の方が良いということですか?

良い悪いではなく、管理体制の問題なのだ。管理が行き届くという意味で…。
建前では、業者は母貝を養殖したらいかんことになっているから、大きな声では言えないが、小さい時から貝の面倒を見ていないと、どうしても良い貝に育たんのさ。

けれども今は、県内産が需要を満たすだけの力がないから、どうしても移入に頼ることになる。母貝漁場がフルにその機能を果たしていれば問題はないが、休業中使っていないところもあったりして、スムーズに行っていない面もある。。

編者:それは区画漁業権が別になっているからでしょうか?

そうだ、現実と権利が離れているところに問題がある。

我々は、英虞湾内での決められた漁場で養殖しているが、母貝を持つということは、どうしても密殖に繋がるだろう。例えば作業貝100万個と母貝100万個を持つとすると、もうこれで倍の密度になるわナ、だから我々は、母貝を持たずに母貝生産者が責任をもって作って貰えば、こんな苦労をする必要はないのですよ。しかし、現実は自分達の必要な貝が手に入らないので、やむを得ず母貝を持つようになっているのだ。

その点板ばさみの状態です。貝も余りたくさん作り過ぎると、値段に響くから、絶えず適量を確保することは至難なことだ。

編者:適量は、どのくらいとお考えですか?

個人的には、適量が判らないですよ。一般消費者が、どれだけ買ってくれるかに懸かっているわけだから、掴みようがない。いくら作っても捌けなければ宝の持ち腐れになる。これは加工業者との連携もあるから、現実には景気の動向との問題もあって、難しい問題ではあるが…。

また、急に対応ができない宿命にもあるのだ。うちらの造ったものが、そのまま売れるものとは限らない。昨年度のへい死率でいうと、減っているから現実に業者の半分の人が商売できなくなる。今の段階では、それが他所でカバーしていく。加工業者は廃めるのではなく日本離れになってしまうのさ…。外国産の方が物は安いのだから、日本の物は足を引っ張られて…。

編者:いま中国で、真円は採れるのですか?

いや、淡水のものですよ…。海産も10年ほど前から一部でやっている。淡水産は母貝を変えたらしい。結構良いものが採れている。

編者:海の方に良いものが出来るのですね。

御木本さんの真珠が1%できる。量的にはたくさん生産できるから、1%でも結構、商売になるらしい。その他に、それ以下のものが出回っていることになる。日本の5㎜以下の厘玉が足を引っ張られる。日本の悪いものの値段と、中国のいいものの値段とがよく似ている。どちらを採るかになると、見た目に良い中国品に手が伸びてしまうのだ。

自分等も造って、良いものは3割まで、あとの7割は外国品と競合するから大変です。以前は振興策などで保護された面もあったが、今は真珠振興事業法もなくなって、競争だから苦労の連続ですよ。

編者:良い玉ばかりを狙うのには限界があるでしょう?

そう、技術的には難しい…挿核後の成果がどうでるか、賭け事みたいなのだ。

うちは、以前から5月産の貝が比較的よかったが、今年は悪かったでな。水温が高ければ3月には良いものが揚がるかもしれないが、とにかく、その都度が勝負で、終わってみないことには何も判らない。技術、技術とはいうが、施術の技法は変わらないが、相手(母貝の育ちと海の条件)が違ってくると、結果は逆に出るから、怖いのだ。予想しにくいし、当たらないわな。

編者:母貝は大きな問題ですね。

うちは、母貝の強いものが出来れば、まず心配は要らないと思っている。日本の真珠は、品質では外国には負けませんよ。価格の面では競争になるが…。競争相手として、外国では中国以外にフィリピン、インドネシア、ヴェトナムなどが狙っている。韓国は古くからやってはいるが、競争にならない。質は落ちる。

うちら、避寒用の冬場の水温がいかんので、海南島あたりはいいわな。7㎜以下のものには南の島は適しとる。タヒチあたりもシロチョウカイは有望だ。

編者:沖縄でやっているのは何ですか?

あれはクロチョウカイだ。サイズが違うが…。昔は15㎜だったが、いまはサイズが小さくなってきている。8~9㎜まで下ってきている。そやで、上と下から淡水と蝶貝で締め付けられている格好になっている。それやで価格の面でもアコヤを脅かしているのや。

日本としてはアコヤでいいものを造るしか勝ち目はない。外国産とはいっても、技術者はこちらから行って指導をしているので、あちらは場所と物を提供しているだけですよ。言ってみれば…。

中国に行ってみたが、環境が余りにも悪すぎる。少し雨が降れば直ぐに泥水になって、黄色の海になってしまうのだ。余程、場所を選ばないと、失敗すると思った。

編者:生産が増える傾向はどうですか?需要の範囲でバランスさえとれていれば良いというところですか。

うちでは、不況で売れ行きは落ちているが、外国産の良い品は伸びているから、景気さえよくなれば、国産品の売れ行きは出てくると思う。

編者:産業としては、母貝を作る人、次にそれで珠入れをする人、玉を買って加工する人。そうすると、販売する人は加工をする人がするのですか、それとも加工したものを買い集めて売る商社みたいな組織があるのですか?

卸しだけをやっている店もあれば、小売店を出しているところもある。大手は大部分が小売店をもっている。

編者:そうすると、だんだん分業になってきたとみてよいのですね。

そうです。現在の加工屋さんは、以前はほとんど養殖業からスタートしたものですよ。しかし、この業界での多角経営は採算割れになって、どちらかに選択を迫られて、いまの形に落ち着いている。どちらかが足を引っ張る結果になりやすいのだ。

編者:ふりかえってみると、事業規模の変動は、周期的な経過を辿っていませんか?

それで、組織としては苦しい時に、見直し(規制)というか、再建策を詰めなければならないのだが、儲かってきた時に枠をはめる話には乗らないから、現実は時期を逃してしまうのだ。いま、協議すれば、話は早いと思うのだが…。

編者:今回の稚貝の話は、養殖研の研究結果では、大量死の原因はウイルスか、なにかの病原体らしいということのようですが、要するに、春の稚貝の移入を中止し、秋の稚貝のみを母貝として使用する。それから養殖期間中、感染のおそれのある他の漁場からの母貝の移入をやめる。さらに粗放養殖で、夏の深吊りを実行することで、実証試験をしたところ、試験した漁場でのへい死が著しく軽減されたという結果が得られたということです。そのことには、納得できますか?

そのことは、我々が打ち出した方針なんだから…。水技センターや国研の方から説明を受けているが、春仕入れというのは、その年に使う貝なんや。それで病気を持っている母貝が多いのやろうと思う。

秋仕入れというのは、冬場を越すから、冬の間に病原が死ぬから、まず安全だとみるのだ。半年ごとに馴らすことも必要だから、理にかなっている。

編者:病貝を13℃以下で2ヶ月以上飼育することで、病貝が回復することを確認した。とありますが。)

その条件を満たす漁場は、そんなに多くないから、何処ででも出来るというものでもない。英虞湾や五ヶ所湾でも13℃以下にはなるが、2ヶ月以上続く状態は続かない。研究内容は了とするも、自分達で出来ることは臨機応変に工夫して行くということになる。

一昨年でしたか、大分でそのことについての体験発表会みたいなことが行われたから、我々も今年それを実行してみて良かったら、継続しようと思っているところだ。

編者:それは良かった。真珠養殖の将来も見捨てたものではないですね。

それだから我々業者も、物の考え方を変えて行かないといけないと思う。それは日本だけの視野ではいかんので、世界市場を標的にした質の良い品物を出品できる努力を積むべきでしょう。日本の真珠も中国の真珠も、同じ仕上がりのように(価格面で)消費者にとられたら一大事ですからね。

そこは我々の仕事でなく、むしろ売る側の人の努力で活路を拓いて行かんといかんでしょう。

編者:この頃の若い人は、雑多な、変わったものを好む傾向がありませんか?真珠が本来の形から離れて、米粒状というか変形真珠のような造形美術的感覚で捉えているように思いますが…。

ああいうものは私も判らんが、デザインとして消費者の好みに合った、いや消費者の注文によって造るから、オーソドックスなものから抜け出したい傾向は、今の人には多いかも知れない。デザイナー達が流行を先取りする傾向があるのかもしれない。だから、売り手が、本来の真珠の値打ちを損なわないで、なおかつ消費者のニーズに応えられる新趣向を考えてくれればよいが…最近は2000年問題を取上げたデザインもあるように聞くが…。

編者:そこは、組合としての腕の見せ所になるのでは。今までのように、良いものを造れば売れるというのではなく、そこまでを全部視野に入れたものとして、考えて行かなければならない。本当だったら、母貝の人も養殖の人も、またデザイナーも加工の人も、一体になった真珠業界全体としての、例えば研究会というような話合いの場が要りますね。その中で互いの意思が通じ合えば、いいこともあると思いますが…。

これからは、社会全体が相手の考え方を知る必要はあると思う。今までは、そういういいものが出来なかったんで済んだが、これからは大変ですよ。外国では、高いとはいっても、日本の場合に比べれば低いから…価値観が違うで。

今のうちは、日本の技術を真似しているからいいけれど、だんだん自分達の方法を編み出すかも知れない。

真珠が売れている間は、うちらも希望がもてる。これが見向きもされなくなったら困るから…。心配することでもないかもしれないが…。出来上がってきたものの出来の良し悪しで決まる。

編者:少し個人的なことをお伺いします。真珠は先代からやられたのですか?

いや、私になってからだ。親父は建具屋をやっとった。

編者:真珠を志した動機は?

この地区全体が、みな漁師やったで、他で商売はでけんです。私は次男で親父は昔、鰹船に乗っていたが、子供にそんな危ない仕事をさせたくないということで、私も高校卒業後、越賀の加工場へ世話になった。将来のことを考えると、加工屋も見込みはないと思い、丁度、家内の実家が養殖を手がけていたものだから、見習いで始めたのがスタートだ。その後、漁業権を取得出来た。幸い家内が挿核技術を持っていたから、この途に入れた。手に職もないし、将来家を支えることになった場合でも、業として成立つ術を身に付けたかったこともある。始めたのは、29年の卒業だから30歳だったかな…。当時は養殖に従事するか、さもなくば乗船するかの、いずれかしか途はなかったんや。それか他所へ出て行くかしかなかった。

編者:話は変わりますが、養殖筏は限定されているのですか?

免許の条件に、筏台数の制限がある。複数で受けているので、以前から持っている人もあるから、誰かが辞めない限り入れない形になっている。私のところは、大体20台ぐらいか、和具近辺で…。

編者:個人免許になったのは、歴史的に御木本さんなどの実績の影響もありましょう。それがなかったら他の区画漁業権と同じような扱いになったでしょうか。個人か組合か、免許はどちらがよいか大きな問題ですね。

5年ごとの見直しがあるが、諸種の事情があって、なかなか手放さんわな。そうすると、伸びようとする人も伸びやんわな…。

密殖などの面はグループでの話合いで解決出来る問題やで、漁協に任すのはよいが、もし漁協の勢力が強くなって、カキなりその他の貝の養殖熱が強くなってくると、真珠を減らされて、そちらに廻ることがあるということもある。それが個人免許ならそんな心配もない。その方が真珠を伸ばすためにも安心というものだ。

一番大きいのは、区画漁場内の筏台数ですよ。県で統一されているが、我々には不満がある。それは、いい漁場と悪い漁場に差がなく、同等の比率で決められているのだ。今はたくさんの漁場環境の資料が整っているのだから、そのくらいの配慮はしてくれてもいいと思うが…。

編者:最後に一言、これだけは言っておきたいという注文がありましたら、お聞かせ下さい。

今の段階で、へい死の研究はして貰っているが、病原対策がでていないので、しっかりした対策を是非出して貰いたい。何の原因で起きたのか、何処から来たものなのか、難しいことかも知れないが、それを知りたい。それが母貝育成管理上の重要なポイントになるからだ。今のところでは、それが五里霧中なんだ。病気はいま起こっているものだけならよいが、別の新しい病原もあるわけだから、何か根拠になる栞りが欲しいのさ。早めに知らせて欲しいこと、それを望みます。また、出来たら世界の業界の情報をもっと知りたいと思う。真珠は一面農林水産関係に属しているが、他の一面は商工業関係にも属していて、二面性を持っている特殊な業界です。

これからは別の面で、生き残りを賭けた競り合いが始まるんと違いますか。しかし、真珠だけは外国には負けませんよ。それなりにその覚悟で臨まなければならないんで、大変なんです。

編者寸言

おっしゃる通り、真珠は水産業の中でも極めて特殊な業界です。農水行政が、産業から食料に重点を移行しつつあると思いますが、その点真珠業はますます他の水産業と異質な存在になるように思います。しかし、海あるいは湖沼が生産の基盤であることは水産業の中の一つであり、漁場をめぐって、水質をめぐって協調すべき仲間同士である筈です(水平関係)。そして一方では加工、流通の合業化をめぐって、国際関係も含めて、一般の漁業の先端に立っています。そういったことが、今回のお話からよく伺われました。

実は例の母貝の病変の影響が大きく、話題もそこに集中するかと思っていましたが、こうしたグローバルなご意見を頂き、個人的にも大変勉強になりました。